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日本の城
ご存知でした?日本にはたくさんの城がありますが、江戸時代以前から天守閣が現存【修復(姫路・彦根のみ)、再建・改築あり】している城はわずか12城。この12城は戦国・江戸時代から明治維新後の廃城令や昭和の世界大戦においても守られた極めて幸運な城です。例えば僕が育った愛媛の松山は第二次世界大戦中に一面焼け野が原(1945年7月)になりましたがその市内の中心付近に聳える松山城だけは奇跡的に残されました。(焼失した櫓などはあります)松山城は幸運にもそうでしたが、あの名古屋城など世界大戦で空襲を受け焼失してしまった城もあります。国内の旅が好きで日本各地の城を見る機会が時々ありますが、やはり本物の城というのはコンクリートの城とはまるで違います。本物の城は、歴史やロマンを肌で感じます。そして当時の武将達の魂まで感じます。
 
 
日本地図


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姫路城

姫路城:天守閣へ続く「はの門」への坂道

[各地の名城も訪ねてみました]
●城下町、会津若松を歩く。(福島・会津若松城)
●お江戸散歩。(東京・江戸城)
●加賀百万石。城下町金沢を歩く。(石川・金沢城)
●つるつるはふはふ。うどんを食う旅。(愛知・名古屋城)
●大阪、こてこて食い道楽の旅。(大阪・大阪城)
●五連の架け橋、錦帯橋を渡る。(山口・岩国城)
●熊本うまウマ旅。(熊本・熊本城)
●沖縄の世界遺産を巡る1(沖縄・首里城、中城城、勝連城)
●沖縄の世界遺産を巡る2(沖縄・座喜味城、今帰仁城)
[1]弘前城(鷹岡城・高岡城):青森県
1611年に津軽氏により築城された平山城。天守閣は3層3階。津軽藩の城跡で敷地面積は東西約615m、南北約950mもある。桜の名所としても人気。
>>弘前城(リンク)
[2]松本城(深志城):長野県
松本城1871年に築城された複合式5層6階の天守閣のある城。烏城とも呼ばれるように迫力のある黒板壁が特徴。昭和25年から昭和30年に解体復元工事が行われている。(国宝)
>>松本城(リンク) >>旅行記
[3]丸岡城(霞ヶ城):福井県
1576年に柴田勝豊(柴田勝家の甥)が築城した平山城。犬山城の次に古い天守閣で2層3階。石瓦の屋根が珍しい。自然災害の影響で昭和30年に倒壊材を元に修復が行われている。
>>丸岡城(リンク)
[4]犬山城(白帝城):愛知県
犬山城1537年に織田信長の叔父、織田信康が標高約400mの崖の上に築城した平山城。現存する日本最古の天守閣。自然災害の影響で昭和36年〜40年に解体修理が行われている。(国宝)
>>犬山城(リンク) >>旅行記
[5]彦根城(金亀城):滋賀県
彦根城徳川幕府の大老井伊直弼の先祖、井伊直政の子・直継(直勝)が築城を始め、約20年後の1622年に完成した平山城。(国宝)
>>彦根城(リンク) >>旅行記
[6]姫路城(兵庫県)
姫路城5層7階の天守閣を持つ江戸時代初期に建てられた不戦・不焼の城。(世界遺産・国宝)
>>姫路城(リンク) >>旅行記
[7]備中松山城(高梁城):岡山県
1240年に秋葉氏により築城され1683年水谷氏により大修築され現在の姿になった山城。天守閣は複合式の2層2階。城主はたびたび交代している。1868年の戊辰戦争を機に無血開城。昭和14年に解体修理が行われている。
>>備中松山城(リンク)
[8]松江城(千鳥城):島根県
関ヶ原の戦いで功績のあった堀尾氏により1611年に築城された平山城。天守閣は5層6階。江戸時代は松平氏の居城となり明治維新を迎える。昭和25年〜30年に解体修理が行われている。
>>松江城(リンク)
[9]丸亀城(亀山城):香川県
標高約66mの亀山に築かれた平山城。日本一高い堂々たる石垣の上に3層3階の小さな天守閣が鎮座。1660年に完成した四国で最も古い城。昭和25年に解体修理が行われている。
>>丸亀城(リンク)
[10]高知城(高知県)
高知城信長、秀吉、家康に仕えた山内一豊によって創建された城で約400年余りの歴史を誇る。但し1723年に焼失し、1753年(江戸時代)に再建されている。
>>高知城(リンク) >>旅行記
[11]松山城(勝山城):愛媛県
松山城羽柴秀吉(豊臣秀吉)と柴田勝家の戦い「賤ヶ岳の合戦」で七本槍の一人として知られる加藤嘉明が約25年(1602年〜1627年)の歳月をかけて築いた城。
>>松山城(リンク) >>旅行記
[12]宇和島城(鶴島城):愛媛県
1601年に藤堂高虎が改築した3層3階の天守閣のある城。その後、奥州仙台藩主、伊達家10万石の居城となった。2代宗利が大修理を行い1671年に完成。昭和35年〜37年に解体修理が行われている。
>>宇和島城(リンク)
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沖縄本島世界遺産・城壁が現存する琉球の城跡
現存する本物の城といえば、天守閣こそ存在しませんがかつての琉球王国の時代に造られ世界遺産でもある沖縄のグスク(城)も素晴らしいです。曲線を生かした美しく迫力のある城壁だけでも大いに感動的です。また沖縄のグスクの特徴はその全てにおいて城跡から見渡せる風景が絶景です。美しい海も眺められます。そして天守閣が現存する本土の城と同じくロマンや魂のようなものを全身で感じられます。下記4グスクの他に首里城跡も世界遺産に認定されていますが、残念ながら首里城の城壁は一部しか現存しておらず主旨から離れるためここでは紹介いたしません。
 
[1]中城城跡
(なかぐすくじょうあと)
[2]勝連城跡
(かつれんじょうあと)
[3]座喜味城
(ざきみじょうあと)
[4]今帰仁城
(なきじんじょうあと)

中城城は、護佐丸(ごさまる)という名築城家でもあったとされる按司(あじ)が築いたグスクで、1853年に立ち寄ったペリー艦隊の一行にもその築造技術を賞賛されたと記録されている。(世界遺産)
※按司は琉球王国における各地の支配者の称号。>>旅行記

大胆に優雅な曲線を描く美しい城壁の姿に圧倒される。勝連城は、12〜13世紀頃に築かれた勝連按司(あじ)のグスク。琉球王国時代は海外貿易を盛んに行い、当時の史書に、まるで鎌倉のようだと表現されている。(世界遺産)>>旅行記 座喜味城は中城城(なかぐすくじょう)も手がけた護佐丸(ごさまる)が15世紀初期に築いたグスク。連続する曲線の中に馴染んだアーチ門がなんとも美しい。(世界遺産)>>旅行記 今帰仁城跡は三山時代(北山、中山、南山)、沖縄本島北部を支配していた攀安知(はんあんち)の城であった。巨大な城壁がゆっくりと曲線を描きながら万里の長城のように続いている。(世界遺産)>>旅行記

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